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友わんこ & 3にゃんこ & パンドラの徒然
里親募集サイトからやってきた犬の友ちゃん、両親の忘れ形見で、元外猫の3匹の猫たちと、パンドラの日常をつづります。

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Author:パンドラ
里親募集サイトからやってきた、柴犬mix♀の「友」と、両親の忘れ形見となった、外猫から昇格の3にゃんこ(み~♀、トム♂、にゃん吉♂)の母パンドラです。友の心の姉の先代シェリーも登場します。動物家族とパンドラのことも楽しくつづります。

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兄弟想いだった継母
親の家を片付けていると
今は亡き親の姿が浮かび上がってきます。

ここで、生きて、生活していた痕跡がみつかります。

今日は継母のものを片付けていて
兄弟からの手紙、継母の書きかけの手紙の下書き
などに目が留まりました。
そこには弟たちのことを気にかける
継母の姿が蘇りました。

継母は、女学生の頃に父親を病気で亡くしています。
3人姉妹の3女、その下に弟が2人
上の姉達は女学校を出ると、すぐに結婚していて
当時、継母が働いて、弟たちの学費を助けていたそうです。

弟2人が一人前になって、お役目を終えた継母は
自分の家庭を築こうと、再婚だった私の父との人生を始めたのでした

継母の3人姉妹と祖母の4人の女性は大の仲良しでした。
祖母はうちへも何度も遊びにきてくれて、
私も大の仲良しにしてもらいました。

弟2人が家庭を持ってからも、
継母は2人のことを気にかけ、
何かにつけて援助していた様子がわかりました。
だから、叔父たち(弟2人)も、
母のことを気にかけてくれたのでしょう。

ひとりっこの私は
継母の、仲良く助け合っている兄弟姉妹のことを
ちょっぴり羨望の目でみていました。

そんな日々を思い出しました。
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感動~友ちゃんのへそ天
t150523.jpg
画像と記事は関係ありません

友ちゃんと父さんの朝の決まりの行事があります。

父さんがベッドの中にいる時に
友ちゃんが傍に寄って行って
肩もみをしてもらう。
(父さんはベッドの中なので、
友ちゃんをつかむことはできない
と友ちゃんは考えている)

それから、父さんが起きてから
おすわりして、ハイタッチをする
(決して腕をとられないようにタッチのみ)

そういうのにプラスして、
最近できるようになったのが、

おすわりしている友ちゃんの後ろから
父さんが股に友ちゃんをはさみこむ
言わば、「服従ポーズ」

ずいぶん、友ちゃんが、父さんを
信じるようになったんだなぁと
感慨深かったのですが、

今朝は、
「こんなこと、できるよぉ~」という
父さんの声が響き渡りました。

ななんと、
父さんの前で、
友ちゃんが ひっくり返って、天上向いて

へそ天です

友ちゃんの父さんへの「完全服従ポーズ」です。

何か、熱い感動が、じわ~っと胸に広がりました。
友ちゃんがうちへ来て8年目にして
初めてのことです。

いつも進化している友ちゃん
いつも進歩している友ちゃん

お耳がぺちゃ~
おてては、内側に曲げて

まるで、「友ちゃん、頑張りました。思い切ってやりました。
っと言っているような・・、健気で可愛い~

感動な今朝の幕開けでした
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友ちゃんの覚えの良さは、天下一品
150519.jpg

友ちゃんは、よ~く回りをみているので
空気をさっすること、覚えの良さは素晴らしいです。

私が歩くのが遅いので、友ちゃんとの散歩は
ゆっくり、ゆっくりと掛け声をかけながら始めました。

でも、2~3日すると、もう掛け声なしでも、ゆっくりです。
しっかり前を見据えて、お耳はくるっと後ろにむけて
後ろの状況把握をしています。
友ちゃん、かわゆい。

朝一で、お庭で排泄させるのだけど、
でこぼこのお庭を一緒についてまわるのが大変なので、
リードを外すことにしました。

友ちゃんは玄関めざして帰ってしまうことはあっても
外へ出て行くことはありません。

ところが、最近少し勇気がわいたのか、
私がみていれば、庭のあちこちをにおいをかいで遊びます。
今も猫ちゃんが庭に入ってくるので、その匂いを
嗅いで回りたいのです。

いい加減遊んだ頃に、「友ちゃんおいで」と声をかけますが、
最初の頃は、傍に来ないか、来ても通り越して行ってしまったりして
遊んでいます。

ところが、1回、傍に近寄ってきたので、「おりこうね」と
優しく声をかけて、頭をなでると、じっとしていて、
リードをかけることができました。
その後は、「おいで」というと、素直に来て、すっとリードを
かけさせてくれます。
友ちゃん、可愛過ぎます。

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8回目の整形外科受診・・治療完了

骨折してから、2ヵ月半
本日めでたく、治療が終了しました。

いつのまにか、階段もスムースに降りられるようになりました。
足首や指の付け根が痛くて、曲げ伸ばしが不自由で、
ぎこちなく階段を降りていたのが嘘みたいです。

ひとつづつ、以前出来たことが、またできるようになっていくのは
とっても心躍りました。
「あっ、できた」という喜びを感じさせてもらいました。

歩くのだけは、あと一歩な感じですが、
これも、日にちがたてば良くなっていくそうです。
他の事が、全部できるようになってきたので
ちょっとぎこちない歩きも、時期がくれば
良くなると信じられます。

ピラティスは5月から再開していて、
復活初回は、こわごわでしたが、両足ならつま先立ちもできましたし、
「痛むのじゃないか」と無意識のうちに恐れている、
自分の心の扉をあけることができました。
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友ちゃん、獣医さんへ
150517.jpg

友ちゃんの狂犬病ワクチン接種と、
フィラリア予防薬1年分をもらいに行ってきました。

車には飛び乗ってくれるのですが、乗ったとたんに大興奮を
始めます。「乗るのは嫌だ」とごねるのならわかるのですけど、
ぴょんと乗っておいて、「たいへんだ、たいへんだぁ~」と
騒いでいるみたいで、友の気持ちはよくわかりません。

獣医さんへは5分で到着します。
到着すると、待合室へは勇んで入っていきます。
この日は生憎混み合っていて、待合室で他のわんちゃん、猫ちゃんと
一緒に待つはめになりました。まずいです。
待っている間に怖さが倍々に膨れ上がるからです。

みるみる、ぶるぶる震えだし、がくぶる、空気が揺れているのがわかります。

○○友ちゃ~ん、と呼ばれると、どこへ逃げようかと大騒ぎ。
さっと抱き上げて、そのまま診察台へ突入。
毎年、同じことを繰り返しています。

うちへ来てから、獣医さんへ通うのも、今年で9年目です。
そのうち、1回目の大騒動を除き、あとは普通の怖がりわんこです。

1回目の大騒動・・というのは、友ちゃんが狂犬になった日のことです。
うちへ来てから4ヵ月目くらいのこと、そろそろワクチンと狂犬病予防とを・・・
と思って連れて行ったのですが・・・

★暴力を振るわれる
 
★殺される

そう思ったんでしょうか、ただただ本能的な、反射的な行動だったんでしょうか
まさしく、狂犬のように、鼻に皺を寄せて、ものすごい唸り声で威嚇し、

口輪をはめようとしても、もちろんできず、

エリカラーをしようとしても、もちろんできず、

その日はそのまま帰ったのだったのか、はっきり覚えていません。

その次出直したのか、それとも、その日だったのか、


私が診察台の上に抱き上げて、
そこで人を代わって(獣医さんの奥様に)補ていしてもらい
注射が終わって、(奥様がそのまま)下ろそうと抱き上げた時に、
逃れようと宙に舞い上がってしまった友を
受け止めようと、咄嗟に差し出した私の手に噛みつきました

友にとっては、余所の人に抱っこされるなんて
殺されるのと同じことだったんでしょう。
その時も、私だけは抱っこできたんだと思います。
それ以来、診察台に乗せるのも、下ろすのも
私がすることになりました。

そんなことはそれっきりだったのですが、
獣医さんでは、なかなか忘れてもらえません。
9年経った今も言われます。

この日は血液検査免除で、1年分のフィラリア予防薬をもらいました。
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亡き母の日記
日記帳
イメージ画像です

両親が亡くなってから4年が経ち
ようやく、私の心の中で、ひとつの決心がつきました。
主のいなくなった家と庭を手放そう。
そして、今の自分の家族の、新たな生活をスタートしよう。っと。

なので、両親の家の片付けが最急務となり
足の怪我が治まってから、時間を作って片付けています。

今までも、ぼつぼつ片付けてきていたのですが、
今回は期限がありますので、今まで手をつけずにきた、
写真とか、手紙とか、日記とか
時間切れだからと言って、見ないで、まとめて処分と言う訳には
いかないものを優先することにしました。


納戸部屋の天袋の中から、ほこりだらけの紙袋に包まれて
保存されていたものをみつけました。

それは、私が12歳の時に、39歳で病死した母の日記帳でした。
母が亡くなった翌年、父は再婚し、それから3年して、私と父と継母は
この新しい家に引っ越してきました。

この日記を、引っ越しの時にも、父が処分せずに持ってきて
そっと保管していたようです。

それは、私にとっては何にもまさる宝物です。
実母のものは、ほんの少ししか残っていませんし、
記憶自体、あいまいだからです。

日記と言っても、ほんの少し書いてあるだけですが、
ぱらぱらっと拾い読みしていて、
とある内容に目が釘付けになりました。

私の弟が、脳膜炎(髄膜炎)で3歳で亡くなりました。
私は、母に抱かれている弟の足の裏をくすぐったこと
(きっとジェラシー感じていたのですね)
それから葬儀の日のことだけを覚えています。

その弟が亡くなった時のことが書いてありました。
「ご臨終です」と言われ、父と母が号泣したこと。

後日の日記には、「ぼうやのこと」として
弟がとてもとても可愛かったことや、
弟亡き後の母のどうしようもなく虚しい気持ちがかかれていました。

「可愛い ぼうや」・・両親が「ぼうや」とか「ぼう」と
呼んでいたのが蘇りました。

父は、何も言わず、ただ「電車」をいじっていた・・・と
書いてありました。おしゃべりな父でしたのに。

「レールを敷いて、電車を走らせると、ぼうが はしゃいで
手をたたいていた」そんなふうに父が語っていたことがありました。
父がずっと持っていたあの電車(今もあります)には、
そんな想いがあったのだ。

30代の両親の姿が浮かびあがってきました。
母はそこに生きていて、ずっと私たちを見守ってくれたのかな。

4人兄弟姉妹で、私以外は幼児の時に亡くなりました。
だから、父は私に対して異常なほどの執着をしていたのだろうか。
決して死なせない。
こんな想いは、もう2度としたくないと切に思っていたのでしょう。

そういう父の気持ちは、私には重過ぎて、
どんなにうっとうしく思ってきたかしれないけれど、

ずっと、大人になっても、父が亡くなった後も
この年になっても
まだ持ちづつけていたわだかまりを

50数年の眠りから覚めた母の日記が消し去ってくれました

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にゃん吉くん、ワクチン接種
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5月1日のことです。
1年ぶりににゃん吉くんが獣医さんへ行きました。
にゃん吉くんが行ったわけではなくて、
にゃん吉くんが連れていかれた訳です。

本当は4月の初めに案内がきていましたが
私が足を怪我していたため、
6kgのにゃん吉くんを持って車を運転して
連れていくのが、怖かったのです。
それで1ヵ月遅れてしまいました。

何回繰り返しても、
みんな獣医さんが大っきらいです。
しょうがないね、怖いもの。

猫部屋に入って、私が後ろ手に扉をしめて、
それから押し入れの扉をあけて、
何食わぬ顔をして、キャリーバッグをとりだす。
そこまで、ふんふんという顔でやっているけど、
実は私も心臓はパクパク。

3匹がひきつった顔になって、どこへ逃げようかと
し~~~んとした気配。というか、固まっている。
ターゲットは誰なのか、と、お互いに探り合っているのかもしれない。

逃げるかと思った、にゃん吉くんに近づくと、
固まってるので、逃げられない。
でも、抱き上げると、うんぎゃーっと凄い声だして、
爪を出して、暴れる。

暴れて、くにゃくにゃの猫に網をかぶせようとするけど
くにゃくにゃ動いて、わめいて、かぶせられないので、
そのまま、生で、キャリーバッグに突っ込み、
はみ出てるしっぽをはさみそうになりながらも
押し入れてしまいました。

6kgの荷物を持って、歩けるのかなと
不安だったのですが、別にどうということなく歩けました。

私も、恐れで一杯なんだ。
やってみれば、どうということないじゃないの。

獣医さんの診察台の上にあがったにゃん吉くんは、
一言も発せず、微動だにせず、
熱を測られ、注射を打たれ、
これが、ほんとの「借りてきた猫だね」と言われてきました。

春は、この後、ぞくぞくと動物のお医者さん通いです。
友ちゃんの狂犬病、
友ちゃんのワクチン
トムのワクチン
ちょっと老猫特有の症状か?と思えるみ~ちゃんは(勝手に)ワクチン免除です。
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ふたりでオカリナを披露
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花束贈呈のお花

5月2日は夫の三男の結婚式でした。
私も式に招待されていたので

当初は母の形見の色留袖を着るつもりで
裄丈もなおし、クリーニングもし、シミ抜きまでして、
用意していたのですが、

足の怪我から、気持ちがくじけ、
洋服にすることにしました。

さて、洋服と言っても、どうする?
と、悩んだのですが(誰も注目してないので、何でもいいのですけど)
むか~し、演奏会用に手づくりした長袖のドレスの袖をとって、
ノースリーブにして、オーガンジーのボレロを着用することにしました。
ロングなので、ぎこちない歩き方も隠せます。

色留袖も、もう着る機会がないでしょうし、
もったいないような気がしたのですが、
今回直してみて、どなたかに譲るとしても、
譲られた人も、着る為には、これだけの手がかかるのだ
ということに気づきました。

簡単にもらって下さいとも言えないんだなぁと思いました。

洋服を着る事にしたので、洋服用のバッグが必要なんだけど、
買うと言っても、もうこれっきりだろうし・・とか、考えていて、
自分の卒業謝恩パーティーで使ったバッグがまだ親の家に
置いてあることに思い至りました。
何でも、親の家に置き去りにしていたんだなと
買ってくれた親に申し訳ない気持ちになり、
反省して、もう一度使おうと思いました。
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ビーズの小さなバッグです。
ハンカチとティッシュくらいしか入りません。
これを使うことにしました。

さて、夫とのオカリナ合奏は
ずいぶん前から先生と相談して、曲を決めて、
少しづつ練習してきました。
何とか、とんでもないことにはならずに済んで、温かい拍手をもらいました。
新婚のふたりも、喜んでくれたのならいいけど。

曲は、
「魔女の宅急便から」 やさしさに包まれたなら 荒井由実作曲
野に咲く花のように 小林亜星作曲
の2曲でした。

若いふたりが、お互いを思いやって(やさしさに包まれて)生活していき、
人生の途上でどんなことがあっても、
野に咲く花のように)強く乗り越えていけるように
という、気持ちを込めました。


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友ちゃんと初散歩
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いよいよGWに入りました。

昨日のことですが、
夫は近くのゴルフ場で行われている恒例のゴルフトーナメントに
ボランティアスタッフとして参加していて、
早朝からお出かけです。

私は一緒には起きず、布団の中から「行ってらっしゃい」
友ちゃんは、起きてるけど、ひとりで外をながめています。

怪我をしてからは、夫が外出の時には
友ちゃん散歩は、お庭で遊ばせるだけですませていましたが
 
この日は、「初散歩、頑張ってみよう~」っと思いました。
まずはお庭で、友ちゃんに排泄を済ませてもらい、
その後で、改めて、お散歩出発。

「友ちゃん、ゆっくり」の掛け声を連発
友ちゃんは、「ゆっくり」がわかります。おりこうでしょ!
でも、すぐに足早になっちゃうのですが、
そのたびに「ゆっくり」と号令して、
ゆるゆる散歩、成功しました。3倍の時間がかかったかも。

だんだん、元に戻れて、友ちゃんのストレスもなくなるように
頑張りまっす。

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7週目整形外科受診(4月28日のこと)

この日で、完了かと意気込んでいきました。
が、レントゲンの結果は、「まだ骨折の後は残っているね」
でした。

歩くのも、痛みをかばって、ぎくしゃくしています。
その痛みの程度は、週ごとによくなっていますが。

次週はGWで、病院はお休み。
骨そしょうの次回の薬は3週間後。

なので、3週間後に、もう一度レントゲン、診察。
それまでは、来れる時に、リハビリということになりました。
その時までには、普通に歩けるのをねらおう~と思います。
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